友達と価値とフツーと。
24歳、摂食真っ只中の時、私はそれ関連のブログを読み漁っていた。
その時、コンタクトを取った女友達。
昨日清澄白河でお茶してきた。
結婚式に呼んでくれるそうな。
ありがとう。
お母さんに、過食してるところ見られて、お母さんは大丈夫だよって言ってくれて、ボロボロ泣いた。
その事を友達に話したら、また泣いちゃった。
日常の話をするだけで満ち足りた気持ちになった。
1人でいてもいいよね。
仕事は割り切っていいよね。
パンやアイスとの葛藤はヤバイよねw
旦那さん(友達)に甘えてもいいよね。
日々を生きるだけで精一杯だ。
多くの女性が思っているだろう、するだろうありふれた会話で。
私は特別じゃなくて、めちゃくちゃフツーの女の子だって思った。
それが心地良かった。特別な存在にならんでも、友達はできる。
勉強を一旦辞めてみた。
なんで英語の勉強するの?
なんで簿記の勉強するの?
いいと言われているから
なんて理由で私は頑張れない
世の中にはサクッと受かっちゃう人もいるんだろうけど、
私はサクッとはなかなか行けない。
ぶっちゃけできない。
もともと座学が苦手なん。
美術も勉強もほどほどって私。。めちゃ平凡。
スーパースターになりたい。
スターは憧れられて好かれて愛される
無条件に、って思うとる。
一般ピーポーは?
何やってんの?
凄くなきゃ生きてる価値ない。突出してなきゃ居る価値ない。あなたは何ができるの?
自分が自分に突き詰めてる質問。
つまり周りにも同じ目で接してるということ。
自分の価値を高めるための勉強なんかしたくない。しなきゃ価値ないよって自分に言っているようで。
勉強の面白さを知る事の方が、勉強を続けるという意味ではとても大切だと思った。
不安を煽るのではなく、
この学問には、こんな文化、歴史、背景、人が関わってきた、と。